住職法話「火宅無常の世界」〜戦後80年をむかえて〜

今年は太平洋戦争終戦80周年ということで、各地で戦後80年を振り返る機会が多くあります。

 住職はもちろん直接の関わりがありませんが、父方の祖父は原爆の影響を受けて早くに原爆症で亡くなっています。また母方の祖父は中国に仕事でいたようです。そして勝圓寺では学童疎開を受け入れていたようで、数年前には学童疎開で勝圓寺で生活をされ、終戦当時小学生だった女性が孫さんを連れて勝圓寺にお立ち寄りくださった事もありました。

 記憶というのは、当事者にしか分からない貴重なものです。口伝えであっても、映像記録であっても、伝えられた範囲は限られたものでしかありません。近い将来にはそれらの戦争を経験された方々から直接お話しを聞く事は出来なくなります。みなさんも今年は特に気にかけて、戦争を知る方の声に耳を傾けてください。

 さて、浄土真宗はというと、やはり戦中当時は国家に大きく協力をしています。最終的には天皇と阿弥陀如来を同一化までして、戦争に行く国民を欺いたと聞いています。

 一方では、大切な子どもを戦死で失いながら、悲しみたくても当時は名誉の死として、表だって悲しみを表せない世相でした。子を亡くした親御さんにとって、「あなたの本心を決して私は馬鹿にしたりしません」と寄り添ってくださる阿弥陀さまのお慈悲のお心は、唯一の支えであったといいます。

 この世の善も悪も問わず、ただ一方的に助けるとお誓いの仏様が阿弥陀さまです。何が善なのか悪なのか、判断のつかない現実が戦争です。1日で善悪の基準が変わり、昨日まで頼りとしていたものに裏切られていく。その世間の本当の姿を、まざまざと見せつけてくるのが戦争ですが、それも私達人間が始めることですから、なおもってやるせない事であります。

 『歎異抄』には私達の世界を「火宅無常の世界」(火に包まれた家のように、すべてのものがたちまちのうちに変化する世界)といわれ「そら言たわ言まことあること無き」と説かれます。であるから「そのあなたを、サトリをひらく身に仕上げてみせます」と南無阿弥陀仏と私の元に来て、この身をしっかりと支えてくださるのが阿弥陀さまのお救いの尊さです。

 時代は人間が築いていくもの。どう変わっていくのか分かりません。戦争当事者の声が聞こえなくなったとき、「苦しいよ」だけでは、きっと人はその戦争の悲惨さなど、さっぱりと闇に葬り去ることでしょう。その時に、阿弥陀さまのお心を知っているか、知らないかで、私の気持ちも変わってくるのではないでしょうか。