住職法話「仏教を聞くことが平和への近道です」

現時点(3月1日)ではウクライナとロシアは戦争状態です。マスメディアを通して現場の映像が流れる度に心が張り裂けそうです。この様な事態となったのにはそれなりの事情があったと思います。しかし武力行使という手段で物事を解決するなんて、今までロシアだってナポレオンの侵攻やナチス・ドイツとの戦いで、何度も酷い目に遭い、充分にその惨状と無意味さを知っている国であるはずです。

 住職は思うのですが、それでもやはり戦争は起こるものなのです。それは人は話し合いにうんざりして、戦争という解決策を使ってしまうという性質を持っているからです。真意は不明ですがどこかの国の要職者が「強いものには喧嘩を売るな」と発言したそうですが、それがそのことを証明しています。

 浄土真宗のお経である『仏説無量寿経』には「兵ガ無用」というお釈迦様の言葉があります。「仏の歩むところ、あらゆるところのあらゆる人々はみな、その教えの尊さを思わない者はいない。人々の心は豊かに安らかであり、兵士や武器を全く必要としない世界である。」と示されています。

 このお釈迦様のお言葉は理想論では無く、まさに仏教の目指す方向性を表していると言われます。つまりこの仏様の言葉を聞くものに、新しい価値観・世界観が与えられるのでしょう。みなさんはいかがですか?

 私達の周りには、戦争へとつながっていく考え方が沢山渦巻いているのでは無いでしょうか?差別・競争・規則等です。お釈迦様は加持祈祷に対して厳しく制止されたといいます。それは誰かの幸せのためにまた誰かが不幸になるというのは、本当の幸せとは言えないという教えです。例えば『合格祈願』。「子や孫の一生懸命な姿を見ていたらお願いせずにはおれなかった。」という気持ちは、ウチの孫や子が幸せになる事で、他人の子どもが不幸になる事を願うという、知らず知らずに罪を背負っている行為です。むしろその試験にのぞむ子を思うなら「一生懸命に努力したことが素晴らしい。それで充分に私達は幸せです。」と声を掛けてやることの出来る存在であるべきでは無いでしょうか。

 いままで当たり前と思ってきた私達の考え方や行動、そして家庭内から世の中の決まりの中に、戦争へとつながっていく種子は無いかと、今一度真剣に点検してみましょう。そして仏法を聞き、仏様ならこうなさるのかもしれないという視点を養うことが平和への近道と思います。